大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)896号 判決

上告人

大栄繊維株式会社

ほか二名

右三名訴訟代理人弁護士

前田外茂雄

被上告人

株式会社北陸銀行

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人前田外茂雄の上告理由について。

原審およびその是認引用する第一審判決によれば、上告会社の取締役たる上告人小嶋および桑原において、上告会社の被上告会社に対する債務についてなした連帯保証の範囲は、上告会社が被上告会社に対して、割引を求めるため裏書譲渡した手形についてのみならず、その振出、引受、裏書もしくは保証した手形について生じた債務にも及ぶというのであつて、右認定は挙示の証拠によつて肯認できないことはない。また原審の確定した事実関係の下においては、右連帯保証契約が公序良俗に反しないものとした原審の判断は正当である。所論中その余の点は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定の非難に帰する。されば論旨はいずれも採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官松田二郎 裁判官入江俊郎 斎藤朔郎 長部謹吾)

上告代理人前田外茂雄の上告理由

一、本訴取引の概略は

(イ) 上告会社が被上告銀行に手形割引取引をなす事を希望し、

(ロ) 訴外宮川晴次の斡旋によつて右取引の約束をしてもらい、

(ハ) 割引限度額(所謂ワク)の定めを受け、

(ニ) 被上告人より求められるまま控訴人個人両名は甲五、六号証に署名し、

(ホ) 上告会社は担保として定期預金と歩積予約金をなし、

(ヘ) 後つぎつぎと割引限度の増額を受け都度担保の定期預金額を増やし、

(ト) 手形割引を受けた手形は決済されて(商業手形であるため全部振出人に於て支払済)右手形割引契約による債務は一切なく(却つて前記担保の定期預金等はそのまま残したがこれもとられた)なつていた。

(チ) 上告会社はその取引のため本訴手形を福井の丸万商事等に交付してあつたがそれが不渡となつた。

(リ) 右手形に付いては被上告人は当該地の支店で割引したものと言う(上告人等は被上告銀行が右手形の取得をしたのは顧客のためこれと結託し甲五、六号証に便乗せんとしたものと主張している)。

二、凡て証書の記載事項を判断するのには証書作成時、其の他の状況を考慮に入れて読むべきことは当然である。甲五号証(本訴個人上告人等の責任の根拠となつた)の冒頭に

「私の振出引受裏書保証した手形で貴行が現在、並びに将来取得されるものに対し」と記載され原審はこれは被上告銀行が取得する一切の手形の意と解読された。然し前記手形割引契約の取引は上告会社の振出引受裏書した手形を日を変えてつぎつぎと銀行に提供して割引を受けるのである。正に右文句の通りである。そうすると右冒頭の文字は契約当時の模様と併せ読む時は右手形割引契約に基く手形の事と解読すべきが正当である。それに原審は何等の理由を付せず前記の如く判断せられたのは理由不備である。

三、原審は上告人の錯誤の主張に対し

「冒頭文字は大きく、そうすると読んだはずだから手形割引の契約外のものも含んでいることを予知したはずだ」からとこれを却けられた。

然し前掲冒頭文字を読んだとして、読んだ者は取引を頼みに行つた弱者であり、素人である。一図に取引の事を思うてそれに没頭している素人が突出された書類の印刷文句を法律的な読方に解読出来ますか、そうでないのが普通であり取引の実情である。前記の様に右文句は広狭いずれにもとれる、そうすると仮りに読んだとしてもそれが手形割引契約を頼みに行つて居る者として狭い意味に読むのも亦普通である。それに原審は唯漫然「冒頭の文字を読みこれが単に被告会社と原告間の手形割引の契約でない事を了知し、保証契約の趣旨を充分理解していたと認められる」とせられたがそれに特別の理由を付けてはない。そうするとこれは実験則に違反し理由不備である。蓋し銀行や保険会社等大企業に対し一般人は信頼、易々として難解の印刷文書に捺印するのが普通だからである。

四、上告人の公序良俗違反の抗弁に対し

(イ) 原審は一審の外特に理由を付し「個人控訴人等は取締役であるから控訴会社が引受等した手形に関し被控訴人に負担する債務額は常時これを確知しているべき立場にあるから予期せざる過重の責任は負はない」と判断せられているが本訴手形は上告会社の振出でこそあれ第三者へ交付したものである。被上告銀行からその取得の通知のない以上どうしてそれが被上告銀行に対する債務額を常時確知しているべき立場と言へるのか。

(ロ) 又本訴手形割引には「ワク」即ち割引の限度額が決めてある。このワクは即ち個人上告人等の責任範囲であるべきでありその「ワク」内の取引についてのみ個人上告人等の責任を負うべきである。

銀行はこの「ワク」しか割引いてやらぬ然し銀行が保証人に知らさぬでも銀行がとつた手形は凡て無制限に責任を負へそれはいくらの金額になろうともよい、では切捨て御免のそしりを免れまい、個人上告人は割引を受けた手形はすつかり落ちてやれやれこれで銀行に対して責任はないと思つているのに障子の蔭から槍を突き出されたのである。そんな無茶な保証があろうか、それでは何のための「ワク」か、貸付は制限しそれには定期預金の担保をとり而も無制限の債務を負担させられる。これ公序良俗に反すると主張する所以である。若し原審の如くするならば銀行は今後も手形をかき集める事でそれが時効にかかつていない以上いくらでも上告人に請求が出来る(現に本訴一審判決後今迄知らなかつた手形に付いて同じ理由で更に弐百万円弱の訴追を受けた)それに原審は前記(イ)に記載した理由で右主張を却けられたのは理由全く不備であり、重大な事実誤認であり「ワク」の主張に対する判断の遺脱であり公序良俗に関する規準の誤解である。

五、上告会社の裏書仮装並に己に償還済の主張に対し唯漫然証拠なしと却けられたが、本訴手形は裏書人(銀行の前主)に対し一年の時効期間しかない。それにこの訴訟を続けて時効期日を経過したこの事実は即ち右認定の資である。それに漫然理由を付せず却けられたのは理由不備ではなかろうか。

一審判決(京都地昭三三(ワ)第七六三号昭和三六・六・一)

原告

株式会社北陸銀行

被告

大栄繊維株式会社

被告

小嶋信三

被告

桑原三千雄

主文

被告等は連帯して原告に対し、金七五四、五三八円および内金八六、二五〇円に対する昭和三三年五月一六日より、内金一四四、九〇〇円に対する昭和三三年五月二一日より、内金四三〇、二三八円に対する昭和三三年五月二七日より、内金九三、一五〇円に対する昭和三三年六月一日より各完済に至まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

この判決は第一項に限り原告においてそれぞれの被告に対し、各七〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求めてその請求原因および被告らの抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

「一、原告は、訴外丸万商事株式会社が、自己を受取人被告大栄繊維株式会社を支払人として振出し、同被告が引受けした、(1)金額金八六、二五〇円、満期昭和三三年五月一五日、支払地、振出地ともに京都市、支払場所株式会社北陸銀行京都支店、振出日、引受日いずれも昭和三三年二月三日、(2)金額金一四四、九〇〇円、満期昭和三三年度五月二〇日、振出日、引受日いずれも昭和三三年二月七日、その他の記載(1)に同じ、(3)金額金四三〇、二三八円、満期昭和三三年五月二五日、振出日、引受日いずれも昭和三三年二月一二日、その他の記載(1)に同じ、(4)金額金九三一五〇、満期昭和三三年五月三一日、振出日、引受日いずれも昭和三三年二月一七日、その他の記載(1)に同じなる為替手形四通を、右丸万商事株式会社から拒絶証書作成義務免除の上裏書を受け、各手形を、それぞれの満期に、(但し右(3)の手形は昭和三三年五月二六日)支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。

二、被告小嶋信二および桑原三千雄は、昭和三一年一〇月三一日、原告に対し、被告会社において振出、引受、裏書、若くは保証した諸手形に関し同会社が原告に対し負担する一切の債務を、連帯保証する旨約した。

三、よつて、原告は、被告三名に対し、右手形金合計金七五四、五三八円ならびに各手形金額に対するそれぞれの呈示の日の翌日から右完済に至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告らが抗弁として主張する事実は、すべて否認する。被告小嶋および桑原の錯誤の主張は、銀行取引の常識および取引観念に合致せず且本件保証契約の際作成された手形取引約定書の冒頭には、特に大きな文字で「私の振出、引受、裏書保証した手形」と、記載されているのであるから、錯誤の生じる余地はないし、商取引上の根保証契約の際、約定書に、保証債務の限度額を記載しないのは通常の事例であるから、右保証が公序俗に反することはない。」

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、被告会社の答弁及び抗弁として、次のとおり述べた。

「原告が原告主張の為替手形四通の所持人であることおよびこれらの手形をその主張の日時に支払のため呈示したが、支払を拒絶されたことは認めるが次の理由により、被告会社は原告に対し、右手形金の支払い義務はない。

(一) 訴外丸万商事株式会社により、原告に対する本件各手形の裏書譲渡はいずれも仮装のものであるから無効である。すなわち、原告は、訴外会社と通謀の上、原告が被告会社に対し有している担保権を行使し、これにより訴外会社の便宜を図るため、本件各手形の裏書譲渡を仮装したのである。従つて原告は本件各手形債権を取得することはない。

(二) 仮に原告が真実、本件各手形を取得していたとしても原告は裏書人である訴外会社から、既に本件各手形金の償還をうけているから、被告会社は、原告に対し本件各手形の支払義務はない。」

被告小嶋および桑原の答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

「原告が原告主張の為替手形四通の所持人であることおよびこれらの手形をその主張の日時に支払のため呈示したが、支払を拒絶されたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告らは被告会社が原告より割引を受けた手形の償還義務の履行についてのみ、すなわち、原告と被告会社間の手形割引契約に関して、被告会社が負担する債務についてのみ保証をなしたにすぎないのであつて、原告主張のような一切の債務につき保証をしたことはない。

従つて、本件のような各手形については、被告らに保証責任はない。

仮に、被告らが原告との間に、原告主張のような保証契約をなしたとしても、右契約は、以下述べる理由により無効である。

(一) 右保証契約において、被告らがなした。原告、被告会社間の手形割引契約外の事由によつて生ずる被告会社の原告に対する手形債務も保証する旨の意思表示は、錯誤に基くもので無効である。即ち被告両名は原告と被告会社間の手形割引契約に関し、被告会社が原告に対し負担することがあるべき手形債務について保証する意思をもつて、右意思表示をなしたものであるからそれが手形割引契約外の手形債務に及ぶものと解されるならば被告両名の右保証の意思表示はその重要な部分に錯誤があつたというべきである。

(二) 仮に、右錯誤の主張が理由がないとしても、右保証契約には保証債務の限度額が定められていないのであるから被告らにおいて無限の保証責任を負うこととなるが、かかる結果を招来する本件保証契約は身元保証法の精神に照し公序良俗に反するから無効である。

仮に本件保証契約が無効でないとしても、前叙被告会社の抗弁(一)(二)において述べた理由により、原告の被告会社に対する本件各手形債権は存在しないので、被告らは原告の本訴請求に応ずべき義務がない。」

証拠として、<省略>

理由

一、先ず、原告の被告会社に対する請求について検討することとする。

訴外丸万商事株式会社が自己を受取人、被告大栄繊維株式会社を支払人とする原告主張の本件為替手形四通を振出し、被告会社がその引受をなし、右訴外会社が、これを原告に裏書譲渡したので、原告がその所持人として右各手形をそれぞれの満期(但し(3)の手形は昭和三三年五月二六日)に呈示して支払いを求めたが、その支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。

被告会社は、訴外会社の原告に対する右各手形の裏書は仮装のものである旨および原告は、既に訴外会社より右各手形金の償還をうけている旨主張するが斯かる事実を認定するに足る証拠はないから、被告会社の右抗弁は、いずれも採用することができない。

そうすると、被告会社は原告に対し、前叙四通の為替手形金合計金七五四、五三八円および右各手形金に対するそれぞれの呈示の日の翌日から完済まで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があることが明らかであるから、被告会社に対し、右義務の履行を求める原告の本訴請求は理由があり、正当として認容することとする。

二、次に被告小嶋および桑原の関係について判断する。

(1) 訴外丸万商事株式会社が自己を受取人、被告会社を支払人とする原告主張の本件為替手形四通を振出し、被告会社がその引受をなし、右訴外会社がこれを原告に裏書譲渡したので、原告がこれらの手形をそれぞれの満期(但し、(3)の手形は昭和三三年五月二六日)に呈示して支払を求めたが、その支払を拒絶されたことは、当事者間に争いがない。

(2) 原告は、被告会社において、振出、引受、裏書もしくは保証した諸手形に関し、同会社が原告に対し一切の債務につき、被告両名が連帯保証する旨約したので、本件為替手形金についても被告両名に保証責任がある旨主張するのに対し、被告両名は、被告会社が原告より割引を受けた手形に関し、負担する債務についてのみ、保証することを約したに過ぎないから、本件各為替手形金については保証責任はないと主張して、これを争うので、被告らの保証債務の範囲について検討することとする。

<省略>によると、原告銀行においては、手形取引を開始するに際しては、予め用意してある手形取引約定書および取引約定書によつて、取引当事者およびその保証人との間に取引契約をなすこととなつていることならびに本件の取引に際しても被告会社代表者である被告小嶋信二と同会社専務取締役である被告桑原三千雄は、原告銀行係員の提示した手形取引約定書(甲第五号証)および取引約定書(甲第六号証)によつて、それぞれ、被告会社を取引当事者、被告両名を連帯保証人として取引契約、保証契約をなしたことが認められる。

そして、右甲第五、六号証によると、被告両名が保証をなした債務の範囲は、被告会社が原告より割引を受けた手形に関し負担する債務に限らず、それよりも広く、被告会社において振出、引受、裏書もしくは保証した手形に関し、同社が原告に対し負担する債務に及ぶものと認められるから、被告会社が引受をなした本件四通の為替手形についても、被告両名は保証責任を負担することが明らかである。

尤も、被告本人両名の各尋問の結果によると、被告両名は、右甲第五、六号証につき、充分内容を検討せずに、署名したものであることが認められるが、本件保証契約は前認定のとおり、右各取引約定書を作成することによつて、原告と被告両名との間になされたものであるから、前叙事実によつても、被告両名と原告との間に右各約定書記載内容の契約がなされたことを否定することはできず、又、<省略>によると、原告銀行との間に右と同様の約定書にもとずいて、手形取引契約をなしていた訴外富士商事株式会社の関係者は、右契約によつて当事者および保証人に責任が生ずるのは、訴外会社が原告銀行により割引を受けた手形に関する債務に限ると解していたことが認められるが、この事実によつても、前叙認定を左右するに足らず、他に以上の認定を覆すに足る証拠は存しない。

(3) そこで、被告両名の錯誤の抗弁につき考察するに、この点につき被告本人小嶋信二、は、「自分は、約定書を一寸手にとつてみただけで甲第五号証の最初の部分は読んだが、他の部分は読まずにこれに署名したのであるから、本件保証は被告会社が原告より割引きを受けた手形についてのみ責任があると思つていた。」旨、被告本人桑原三千雄は、「自分は老眼鏡を忘れていたので、約定書の内容は読めなかつたし、その内容の説明も受けていないで、右書面は被告会社の手形割引契約だと思つていた。自分は個人としては、保証したつもりはない。」旨、それぞれ供述しているが、前顕甲第五、六号証によると、その手形取引約定書の冒頭には、三号活字をもつて二行にわたり明瞭に「私の振出、引受、裏書保証した手形で貴行が現在並びに将来取得されたものに対して左の条項を約定致します。」と記載してありそれらになされた被告らの署名も、その字の大きさは、右活字と左程に差がないことが認められ、この事実と弁論の全趣旨によると被告らは、当然、右冒頭の文字を読み、これが単に被告会社と原告間の手形割引の契約でないことを了知し且、本件保証契約の趣旨を充分理解していたと認められるから被告本人両名の右供述部分は、俄かに信用し難く、これをもつて、被告らの本件契約に関する錯誤を認定することはできないし、他に被告ら主張の錯誤の事実を認定するに足る証拠は存しないので、被告らの右抗弁は採用できない。

(4) そこで、被告の公序良俗違反の抗弁につき進んで検討するに前叙認定の各事実によると本件保証契約は、被告会社と原告との間の手形取引契約から生ずる不確定な債務につき継続的になされる保証であると解されるところ、その保証責任につき限度額が定められていないことは当事者間に争いがないから、被告両名においては契約当初において予想もしなかつた過重な責任を負う虞がないとはいえない。しかしながらかかる危険は、当事者において、取引の慣行と信義則にしたがつて除去されるべきものであつて、右のような危険があるからといつて責任限度額の定めのない継続的保証が、それ自体公序良俗に反し無効であると云うことはできず被告両名の右抗弁も、採用できない。

(5) 次に、被告らは、原告の本件各為替手形の裏書取得は仮装のものであり、或は、原告は既に右各手形金の償還をうけているから、原告の被告会社に対する本件各手形債権は存在しないと主張するが、これらの事実を認定するに足る証拠は存在しないから、被告両名の右抗弁も亦、採用できない。

(6) 以上認定の事実によると、被告両名は被告会社と連帯して原告に対し、前叙四通の為替手形金合計金七五四、五三八円および右各手形金に対するそれぞれの呈示の日の翌日から完済まで、年六分の割合の遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかであるから、被告両名に対し、右義務の履行を求める原告の本訴請求は理由があり、正当として認容することとする。

三、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条一項但書を仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文の通り判決する。(三代英昭)

二審判決(大阪高昭三六年(ネ)第七九四号昭三八・四・三〇)

控訴人

大栄繊維株式会社

ほか二名

被控訴人

株式会社北陸銀行

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述が、証拠の提出認否援用は、被控訴代理人において、本件根保証のような継続的保証契約で、保証責任の限度額および保証期限の定めのない場合においても、保証人は無制限にその責任を負担しなければならぬものでなく、もし後日保証人の責に帰すべからざる事由により、当初予想もできなかつたような過重な責任を負担しなければならないような危険が生ずる虞がある場合には、保証人において取引慣行と信義則に従い、事情変更の原則に基く契約解除権に基いて、保証の範囲を制限することができるものであるから、責任限度の定めのない継続保証が公序良俗に反し無効であるとすべきではない。本件の場合控訴人両名にこのような解除権を与え、限度額を制限しなければならぬ取引上の慣行や信義則上の要請は存しない。何となれば控訴会社は控訴人両名の設立にかかるもので控訴人小嶋は社長、同桑原は専務取締役で両名がすべての経営に当り事実上両名の個人企業に等しい。然るに控訴会社は無資産で支払不能であり、このような結果を生ぜしめたのは控訴人両名の責任で本件手形の不渡はこの両名の悪意又は重大な過失に基くもので保証人でなかつたとしても商法二六六条の三に基く責任を負担しなければならない事情にあり、しかも銀行取引における根保証契約の約定書には通常の事例として限度額を記載することなく、また本件で保証債務の履行を求めている額は控訴人小嶋が控訴会社の代表者として引受けた手形額面金額であつて決して過重なものではないからである。と述べ、控訴代理人において、控訴人等は控訴会社の資金調達のため被控訴人から手形で貸付を受けた額だけの保証であると思つていた。そうすれば控訴人等が取締役だから自らきめられるから限度額の定めがなくともよい。然るに被控訴人が入手する控訴会社の手形一切につき控訴人等がその責を負わねばならぬとすると手形所持人と被控訴人が結託することにより会社の振出した全手形につきその責を責わねばならぬことになりその責任は無限でありここにも錯誤の問題があるとともに、取締役がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があつた場合にのみ個人責任を負担さす商法第二六六条の三や身元保証法の精神に反する。控訴人等は唯被控訴人の差出した書面に署名捺印しただけだから仮に右書面の捺印が被控訴人の主張する意思表示だと知つたら、直ちに被控訴人主張の解除または保証の範囲制限の意思表示をした筈である。それをせずにすごして来たのは最後まで保証の範囲を被控訴人との直接取引の分だけと思い込んでいたからである。そのようなわけで若し金額無制限の保証をしたものだとすれば公序良俗に反するものである。なお被控訴人の当審における、控訴人等には契約解除権を与え、限度額を制限しなければならぬ事情は存しないことについての主張事実中、控訴人小嶋が控訴会社の代表取締役なること、控訴人桑原が同じく取締役なること、本件手形を控訴会社が引受けたことのみは認めるがその余の事実は否認する。と述べ、証人宮川晴次、控訴人両名の本人尋問を求めた外は、いづれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

被控訴人の控訴会社に対する請求についての当裁判所の判断は原判決理由摘示(理由中一の部分)と同一であるからここにこれを引用する。

被控訴人の控訴人両名に対する請求についての当裁判所の判断も原判決理由<中略>と同一であるからここにこれを引用する。

控訴人の公序良俗違反の抗弁につき検討するに、本件控訴人等の保証責任につき限度が定められていないことは当事者間に争はないけども、将来債務の保証に限度額が定められていないからとて、直にその保証が公序良俗に反する無効のものということをえない(大判大正一四、一〇、二八、集四、六五六)ばかりでなく、控訴人等の保証責任は控訴会社が引受、振出、裏書、保証した手形に関し同会社が被控訴人に負担する債務に及ぶものとせられていることは既に前認定の通りであり、控訴人小嶋が控訴会社の代表取締役控訴人桑原がその取締役であること当事者間に争がないところであるから、控訴人等は控訴会社が引受、振出、裏書、保証した手形に関し被控訴人に対し負担する債務額は、常時これを確知しているべき立場あり、会社役員以外の第三者の保証の場合の如く予想もしない過重な責任を負う事態が発生することは通常あり得ない。若し会社役員の更迭等何等か特別の事情があつてこのような事態が発生する危険が生じたときは、事情変更の原則に従い保証契約を解除しまたは一定の範囲に限定することを得るものと解すべく、本件保証契約自体が無効であるとの控訴人等の抗弁は到底採用することができない。

よつて被控訴人の請求を認容した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し控訴費用につき同法第九五条第八九条第九三条を適用し主文の通り判決した。(裁判長裁判官宅間達彦 裁判官井上三郎 下出義明)

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